日記・コラム・つぶやき

(行者スポーツ)トボけた遠藤と北朝鮮戦

怒鳴りつけてきた相手に狼狽しながらも、なんとか怒鳴り返す、昨日の北朝鮮戦はそのような試合ではなかったか。

日本代表の心臓、遠藤保仁は喚(わめ)く相手にはトボけて返す。いなす。

肩透かしを食わせておいて、鋭い一言を突き刺す。

つまり、パスを捌(さば)き、散らし、そしてくさびの縦パスを通す。

ワールドカップ最終予選、そして14年ブラジル大会に向けて、指揮官のドナー探しは続く。


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(行者スポーツ)オイルまみれのサムライ

アジアカップは面白い。日本代表チームの勝利は無論のこと、
プレーにも応援にも、それそれのお国柄や文化が滲(にじ)み
出ているようで、アジア・オセアニアの広大さに思いはせます。

さて、今般のアジアカップ予選グループリーグ敗退を受けて、
サウジアラビアの代表監督が解任されたそうです。それも今
大会中に二人目という、異例の決定。

解任された代表チーム元コーチ・ジョハル監督の政権は、そも
そも暫定的なものだったのでしょう。再建に向けての人事かと
は思います。

が、このようなシーンを、豊かな西アジアの産油国において、
何度か目にしてきた記憶があり、・・・


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グラップラー オン ロードムービー 真也の旅

好みの問題でしょう。

私にはとって青木真也選手は本当に華のある選手。

桜庭和志選手にも劣らないポテンシャル、ドラマ性。

物語はまた始まったのだと、思いたい。

俺達はここに居てもいいのか

俺達はまたどこかに向かうのか

手探りで真夜中の高速を突っ走る

青木真也さんは、旅に出られるとのことですが、

失われた10年の世代、

ZEROジェネレーションのシンボルとして

彼もまた物語を背負うことのできる稀有なプロ競技者。

もう一度彼のページを開けたい。

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(行者スポーツ) そうだ、青木くん、やめだ

先般、大晦日のダイナマイトで長島☆自演乙選手に、苦杯を喫した青木真也選手がブログで意味深発言をした。


まず、結論。

青木くん、やめろ、そして世界に打って出ろ。

負けて、勝って、そしてより逞しくなって帰ってきてくれ。

残念ながら今、この国に君を熱くする土俵はない。

AOKI、世界は未だ君と闘いたいと思っているはずだ!

大晦日、君の物語が新たに始まったと、俺は確信している。

以上。


以下は私、行者の偶感。

そもそも今回の試合形式(総合 VS K-1、ラウンド・ルールターン制)自体に難しいものがあったと思う。

土俵は違えどストライカー同士の闘いであれば無い話ではないが・・・

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天才降臨!林葉直子さんブログ【行者のサイト探訪】

 元棋士にして官能小説家、今は占い師として活躍中の林葉直子さんをかつて本ブログで取り上げたことがある。

 その時も彼女の天才を讃えたが、やはり彼女のタレント性は天からの贈り物である。 (過去記事)珍説!林葉直子自己破産考【憶測の段】

 以下に、彼女のブログから最新記事を一部引用しますね。
 

【介護】

・・・叔父が具合が悪くて入院してたところのひどいこと。死を迎えるだけの患者さんがいっぱいなんだけど誰もお見舞いや身支度してあげてなくて可哀相だったぁ。臭い匂いのする病院はダメ、ね。介護で疲れてる人、いっぱいいると思うけど頑張って。

 ま、ぜんぜん関係ないけど痔になったらまずは、清潔に。でね、乾燥させたほうがいいみたいよ。女の人はおしりなんか見られたくないと思うけど、勇気をだしたら楽チンになるよ。かっこよくてやさしい先生、銀座にいるよ。


 「ま、ぜんぜん関係ないけど」、ってなんで唐突に「痔」の話なんだ!?その上、「かっこよくてやさしい先生、銀座にいるよ」って、、、直子さん、患ってらっしゃるンですか?

 うーーん、この話、強いて言えば「病院つながり」?だろうか。

 (たぶん)自分の体験に基づく有意義な情報は、つい発信してしまう林葉氏の人柄には、唐突な話題の展開も併せて、心温まるものがある。

 それに「楽チンっていうのも、林葉さんが書くとソソるしねえ。

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そのとき西郷が、やおら立った【本の言葉】

 そのとき西郷が、やおら立った。「長州藩のお歴々も、薩摩の者も、よう見てくだされ。オイの余興はこれでごわす」と股間をもそもそたくしあげて一物をとりだし、ローソクの灯で毛をジリジリと焼きはじめた。・・・(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)


 坂本竜馬の斡旋で、薩摩と長州が討幕同盟を結んだという話は、あまりにも有名であるが、薩長は、それまでは仇敵といってもよい間柄であった。とはいえ、両者は幕末において突出した尊王の雄藩。竜馬以前にも互いに接触を図り、親和に努めていたようである。

 上のエピソードは、薩長の志士によるある懇親会からのもの。酒が入り、場が荒れたところで、それを収めるために行った西郷隆盛の奇策。陰毛を焼かれては、血の気もひいたことだろうが、このシーンをされに突っ込んで考えると、、、

 西郷は象皮病を病んで、陰嚢が腫れ上がっていたという話がある。維新の風雲期の入り口あたるこの頃に、症状がどのようなものであったかは不明であるが、陰毛を焼くという奇行以上に一同が驚愕したのは、巨大化した西郷の陰嚢だったのかも知れない。

 曰く「西郷はデッカイ奴だ」と。



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竜馬は議論しない【本の言葉】

 竜馬は議論しない。議論などは、よほど重大なときでないかぎり、してはならぬ、 と自分にいいきかせている。もし議論に勝ったとせよ。相手の名誉をうばうだけのものである。通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬものだし、負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。・・・
(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)


    「議論をしない」、このくだりは、司馬遼太郎の人生訓であろうし、また坂本竜馬の人物を考える上で興味深い表現である。たしかに論破された人間が能動的になれるだろうか。袂を別つか、不快なまま諾諾と従うだけのことだろう。

 
人を動かすことが巧みであっと言われる坂本竜馬。では、彼はどのような言動で人の心に訴え、人から能動性を引き出すことができたのだろうか。

 司馬は「関が原」をはじめ戦国時代を舞台とした作品において、人が人を動かす原理は「義」や「理屈」ではなく「利」であるとしている。家康、秀吉の大成と三成の挫折をそこに見る。

 
「合理性」というのも司馬作品の重要なテーマである。商家の流れをくむ坂本家、「竜馬がゆく」でも健全な合理性が竜馬を介して描かれているものと思う。


(補記)
 「竜馬がゆく」が連載された頃は、1960年代。蒙昧な攘夷浪人を
過激化する学生運動・左翼運動の闘士に重ねて批判しているようにも思える。「議論」と「正義」そして「天誅」だけで世の中は動かない、司馬は筆を通して、そう諭していたのではないだろうか。

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竜馬はこの清河が好きではなかった【本の言葉】

 幕末の史劇は、清河八郎が幕を開け、坂本竜馬が閉じた、といわれるが、竜馬はこの清河が好きではなかった。たったひとつ、人間への愛情が足りない。万能があるくせに。・・・

(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)

 奇策の人・清河八郎と、融通無碍(ゆうずうむげ)にして王道を採る真の戦略家・坂本竜馬を、本作におおいては、しばしば対比的に描かれる。むろん、司馬遼太郎の美感によるものであり、竜馬を際立たせる創作上の演出であるが、清河には少し同情する部分がある。

 たいていの場合は、人格や人生の欠落が他人への関わり促し、その
依存関係や互恵関係の中で、他人への愛情を培う基盤を積み上げていくものである。無論、 特殊な経験や生まれや育ちの良さが愛情深い人間を形成するケースもあるが、感謝とは窮地において与えられた時、本当のありがたみを知るのではないだろう か。

 
富裕な士分の出で、万能であった清河が人間への愛情を欠いたというのであれば、それは無理もないことなのかも知れない。


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銘酒「剣菱」で知られた店である【本の言葉】

先斗町に「よしや」という料亭がある。銘酒「剣菱」で知られた店である。竜馬にとってはじめての店だが、かねがねその酒をのんでみたいと思っていた。・・・
(竜馬がゆく3 司馬遼太郎 新潮文庫)



 「竜馬がゆく」など、
幕末を舞台にした小説を読んで楽しいのは、京都の街に関する記述が多いこと。神社仏閣はもちろん、通りやお店、それらは150年以 上経った今でも現存するものが多い。小説を読みながら、竜馬らが駆けた道を頭の中でトレースするのは、京都の側に棲む行者にとって楽しい作業である。

 なお、先斗町「よしや」は、現在でも
高い評価の名店。是非一度「剣菱」を飲みに行ってみたいと思う。

 ところで、「先斗」とはポルトガル語の「先」を意味する「ポント」に由来するものだとか。であれば、その名は戦国時代あたりに遡るのだろう。

 そうであれば「よしや」という店の名前も興味深い。「よしや=ヨシュア」は、聖書(キリスト教)に登場する人物の名前であり、キリスト教は戦国時代にポルトガル人がもたらしたものであるからだ。あるいは、と想像する次第である。

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こんな腐れ藩、ないほうがましじゃ【本の言葉】

「わした土佐藩の郷士にゃァ、藩はないと思いさだめたぞ。こんな腐れ藩、ないほうがましじゃ。一朝、天下に事あらば、藩のためにも起たぬ。幕府のためにも起たぬ。京の天子のもとに集まってやる」
池内蔵太は武市半平太の勤王論の心酔者である。・・・


 現政府、為政者への鬱積した憤懣が、より上位にいる、むしろ抽象的ともいえる存在「超越的なもの」への憧憬と忠誠に結びつくという社会現象は、幕末に限ったものではなく、又、洋の東西を問わないものではなかろうか。幾分前のタイ国における政変時にも、王が担ぎ出される、そんなシーンがあったことを思い出す。

 わが国における若者を中心とした現社会からの孤立感や空虚さは、どのような超越者と結託するのだろうか。幕末の観念的かつ情緒的な勤王論者は、膨大な血の雨を降らせた。

 観念論的妄想、とりわけ昭和の軍閥を憎み、恨んだ司馬遼太郎は、合理的攘夷論者、坂本竜馬の物語を若者達にこそ読んでもらいたいのではなかろうか。

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