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【an・an『カワイイの新定義』】本日の平積み

194416042006  通常は火曜日にお届けするハズの【本日の平積み】を土曜日にお届けすることをお許し願いたい。僅かながら、本ブログの更新を楽しみにしているご仁もいらっしゃるようなので、そのあり難いお気持ちにお答えしたいと思う次第だ。

 さて、今回はこれまでも幾度か取上げてきた女性のファッション・ライフスタイル誌an・anを取上げる。平積みの状態を見比べていただくと分るが、他紙と較べてバカ売れの【an・an(アンアン)4/19日号】殿だが、『カワイイの新定義』なる珍説について長広舌(ちょうこうぜつ)を揮ってらっしゃるようだ。

 まず『誰もがハッピーになれる魔法、自分流の”カワイイ”を見つけよう!』 とあるが、

カワイイとは他人が自己に与える評価であって、自己流で可愛くなっても詮(せん)無いのではないか。私も自分では十分にカワイイつもりが、そのような評価はただ一度させ頂いたことはない。

  『 ”モテる女”と”安い女”は紙一重!? エロカワイイvs下品の境界線。』とは、いやはや。紙一重ではないゾ。残念ながらこれらは同一である。エロカワイイと呼ばれる女性シンガーに「いや、ぜんぜん可愛くないっすよ、エロいだけですわ。」との声も聞く。

 モテるとは他人から積極的なアプローチを得る状態を指すので、別に「売る」必要なんてないのである。「安く」売って、ちやほやされているとしたら、それはツケで支払っているようなもので、誰彼ないモーションは、いずれ負債を払わされることになるだろう。

  『林家正蔵、大野智、藤村俊二、神木隆之介。癒される、ほのぼの感が人気! ほうっておけない魅力に迫る。』ってほっとかれてるだろう、こぶ平なんざぁ。まあ、こぶがモテるという噂を聞かないでもないが、それは佐藤蛾次郎がモテるというのと似たような話と推測する。マメな奴、愛想のいい奴はその分だけ多くの機会を得るのだが、それは努力との等価交換なのである。

 が、『いつのまにか勘違い女に・・・? この振る舞いにモノ申す!』の問題提起には一定の評価をしたいと思う。だいたい他人からカワイイなんぞ言われようと、あれこれ画策していること事態、まあ勘違い野朗だ。人は他人の美質に疎く、欠点に姦しいのである。

  『お笑い芸人たちに学びましょう! 愛嬌がある女子は、好かれます。』では、幸せになって、すっかりくだらなくなった森三中・大島君にスポットが当たっているが、真のお笑い芸人が一人の女として幸せであったか。ミヤコ蝶々師匠は、京唄子師匠は、そしてどつき漫才の至宝、敏江・玲児の敏江姉さんは?答えは否と思う。

 面白すぎる彼女らは、少しでも(女性としての)平凡な幸せを得たのだろうか。その点は、オアシズの光浦君と相方のブサイクが、自らを「笑わしている」というよりは「笑われている」とカテゴライズしている点は慧眼と言うことができる。残念ながらその通りなのだ。

 まあ、『柴崎友香さん、KIKIさんがエッセイで提言。「女の特権(カワイイ)」は使わないと損!』というのは、容姿に優れた人物が言うと説得力のある話ではあるが、これは哀しい。フェミニズムに限らず理念の闘争は、えてして同胞の裏切りにあうものなのだろう。

 が、私が一番問題にしたいのは、『変幻自在のイメージチェンジが、木村佳乃流かわいいの新奥義』ということであって、それは木村さんが私が知る限りでは何を演じても同じキャラクラーに見えることと、木村サンの容姿と人物像が私を含めた大多数にとって、カワイイものなのかという疑問である。帰国子女ながら、庶民的な印象を与える彼女を積極的にカワイイと位置づけるのなら、大方の若い女性は、そこそこカワイイのであって何も特集記事なんぞ組む必要はない。むしろ、雑誌一冊分かけて、購入者に「私はカワイイのだ」と自己満足させるのが真意なのか。

 で、【次号予告】は、『美女入門 林真理子』 第420回「比べちゃうのね」。林サンの美人入門?って、へぇ、そういうことになってるンですか。

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